ひきこもり備忘録

これってこういうことなのかな?と勝手に思って1人で楽しんでいます。

読んで不穏に晒されよう!『その頃、N市では』

タイトル:その頃、N市では カシュニッツ短編傑作選
著者:マリー・ルイーゼ・カシュニッツ
訳:酒寄進
出版:東京創元社

 

先日読み終わった短編集。
著者の作品は80年代に邦訳が何冊か出ていたようですが、最近ではめっきり出なくなっていたようです。今回読んだのは日本国内でつい1年前に再編集され刊行されたばかりの短編集です。
カシュニッツ作品は今回が初めてだったのですが、読み終わるまでにはすっかりこの作品集がお気に入りになりました。
サマンタ・シェウェブリンの『七つのからっぽな家』という短編集が好きなのですが、それと似た読後感。不安、不快感、奇妙さに翻弄されますが、そこがクセになる。

特に気に入ったのは『いいですよ、わたしの天使』でした。
娘のように可愛がっていた下宿人に家を奪われ、善意につけこまれてひどい扱いを受けてゆく……というお話。
読んでいてとにかく主人公から家を取り上げてゆく下宿人(“下宿”してる人のはずなんです)エヴァにヘイトが溜まる溜まる……。スカッ〇ジャパンざまあ系小説ではないので、彼女には何の天罰も下る展開はありません。読者側はスカッとしませんが、エヴァからすると主人公の存在がある意味天罰のようなものなのかもしれませんが。エヴァがあまりにも”悪”すぎるので、だんだん愚かとも呼べそうなくらい純粋な善意でエヴァに尽くす主人公に対してももうちょっとしっかりしてくれ!などと思うようになります。

胸糞が悪いお話なのですが、このように過激な感情をもたらしてくれたこと、こうやって不器用で鈍感で傷つきやすい主人公に胸をかき乱されたことが楽しかったのでお気に入りです。

この短編集内ではほとんどのお話がこういう感じです。不器用だったり夢見がちだったりする女性たちを主人公に、読者の心を乱してくるようなお話が展開されます。本書内だと他に『長距離電話』『四月』がお気に入りです。
ラストに組み込まれている『人間という謎』は必見。他の話を読み終わったあとにこの話を読んだのですが、オチで気持ちいいくらいにコテンパンにされた気分になりました。こんなお話にまた出会いたいです。